肺炎球菌はヒトの気道に定着している常在菌のひとつですが、しばしば小児において重篤な疾患を引き起こします。日本では小児に対して、13価結合型ワクチン(PCV13)(プレベナー13)が定期接種化され、その効果が認められています。2024年4月からは、15価結合型ワクチン(PCV15)(バクニュバンス®)が、2024年10月1日からは、20価結合型ワクチン(PCV20)(プレベナー20)が小児の定期接種に使用されるようになりました。
肺炎球菌は高齢者における肺炎の原因菌としても重要なものです。65歳以上の高齢者に対して23価多糖体ワクチン(PPV23)(ニューモバックス)が定期接種化され、接種が進みました。2024年4月からは65歳を主な対象に定期接種が継続されています。また、15価結合型ワクチン(PCV15)(バクニュバンス)と20価結合型ワクチン(PCV20)(プレベナー20)が高齢者へ任意接種に使用可能となりました。
このホームページは、肺炎球菌ワクチンの接種を行う実地臨床医である会員のために、肺炎球菌ワクチンへの理解を促進するために役立つ情報を伝えるために開設されています。
肺炎球菌はグラム陽性通性嫌気性菌で、ヒトの鼻やのどに常在する常在菌の一つで、形態的特徴から肺炎双球菌ともいわれている。しばしば、ヒトの気道に定着している。小児の多くは保菌している。
肺炎球菌はグラム陽性の双球菌で、複合多糖体で構成された莢膜を有している。この莢膜の抗原性により血清型が決められるとともに、莢膜そのものが毒性および病原性に寄与していると考えられている。肺炎球菌の莢膜がヒトの白血球表面に存在するFcレセプターやC3bレセプターを介した菌の貪食作用に抵抗性を示すために、強い病原性が発揮されると考えられている。肺炎球菌は免疫グロブリンを介したオプソニン化によって食細胞により貪食され、排除される。脾臓摘出者では食細胞が減少しているために重症化しやすいとされている。
侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)は、肺炎球菌が髄液、血液、関節などの無菌部位から検出されるものを指す。成人、特に高齢者では肺炎が多く、髄膜炎や関節炎もみられる。感染症予防法の2013年4月1日の改正より、侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)は5類全数届け出疾患となっている。
肺炎球菌は市中肺炎(Community acquired pneumonia:CAP)の起炎菌として最も多く、加齢と共に増加する。その割合は30%前後の報告が多い。肺炎球菌感染の中心は飛沫による。肺炎球菌感染症の一般的な流行はまれであるが、特定集団内(施設など)でのアウトブレイクがみられる。
肺炎球菌の血清型は現時点で100種類以上同定されているが、最も重篤な感染症は少数の血清型(3, 4,6B,9V,14,18C,19F,および23F)によって引き起こされることが多い。
ペニシリン耐性肺炎球菌 (penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae; PRSP)によるIPDが問題となっている。PRSPの機序としてpenicillin-binding protein(PBP)に変異があることが知られている。PRSP分離株に多い莢膜型として、19Aが報告され、さらに6Bや23FのPRSPの拡散が世界的な問題となっている。
肺炎球菌ワクチンには、莢膜多糖体ワクチンと結合型ワクチンがある。多糖体にキャリアタンパクを結合したものが結合型ワクチンである。結合型ワクチンの一つであるPCV20は、莢膜多糖体に無毒性ジフテリア毒素が結合しており、さらに、アルミニウムをアジュバントとして含んでいる。結合型ワクチンは、B細胞を活性化し形質細胞(IgMおよびIgGを産生)に成熟させるだけでなく、樹状細胞を活性化してT細胞を活性化することにより、メモリーB細胞を誘導する。そのため免疫学的な記憶が成立する。また、結合型ワクチンは人での肺炎球菌の上気道粘膜への定着を阻止することが報告されている。
莢膜多糖体ワクチンは、莢膜多糖体がB細胞を活性化し、一部が形質細胞に成熟しIgMおよびIgG を産生する。T細胞を活性化する作用はないため、メモリーB細胞を誘導して免疫記憶を確立させることはない。
二種類のワクチンには臨床的に罹患者が多い血清型が選ばれている。分離された肺炎球菌の莢膜型がワクチンに含まれる頻度をカバー率という。国立感染症研究所が公表しているIPDにおける血清型の2023年の成績では、莢膜多糖体ワクチンPPV23と結合型ワクチンPCV20のカバー率はほぼ同等と報告されている1)。
莢膜多糖体ワクチンPPV23(ニューモバックスNP)のエビデンス
1)高齢者介護施設入所者1,006人を対象とした二重盲検試験において、すべての肺炎、肺炎球菌性肺炎の発症、および死亡の減少がみられた2)。
2)地域における65歳以上のインフルエンザワクチン接種した786人を対象とした観察において、75歳以上の高齢者、慢性肺疾患感謝、歩行困難者で肺炎予防効果が見られた。さらに肺炎による医療費の削減が示された3)。
3)65歳以上を対象としたTest-negative designの多施設前向き試験で、ワクチンに含まれる血清型による肺炎球菌性肺炎の減少が示された4)。
結合型ワクチンPCV20(プレベナー20)のエビデンス
PCV20に先行して使用されたPCV13の小児における有用性は確立されている。さらに、肺炎球菌の粘膜定着を阻止することが報告されている5)。また、米国ではPCV13に含まれる莢膜型の肺炎球菌感染症が高齢者でも減少しており、小児へのPCV13接種の普及による高齢者への間接的な効果であると考えられている。PPV23の影響が少ないと考えられる時点でのオランダで実施されたPCV13の65歳以上の高齢者に対する大規模な臨床試験では、肺炎球菌性肺炎が45.6%、肺炎球菌性非菌血症性肺炎が45.0%、IPD全体が75.0%減少していた6)。さらに、PCV13の効果は少なくとも5年間持続していることが示唆されている7)。米国でのTest-negative designの試験で、PCV13に含まれる血清型での市中肺炎による入院を72.8%抑制することが示された8)。PCV20の免疫原性はPCV13と同等であると評価されており、同等の効果が期待される。
日本において、ワクチンの接種は、定期接種と任意接種に分けられている。予防接種法により接種が勧奨される「定期接種」と定期接種以外の「任意接種」がある。定期接種と任意接種は、法律上の区分であり、医学的な重要性によるものではない。さらに、定期接種の対象疾病は「A類疾病」と「B類疾病」に分類される。65歳以上の肺炎球菌感染症は「B類疾病」であり、目的は個人の予防であり、集団の予防ではない。
2024年時点で、定期接種に採用されているのはPPV23のみで、接種に公的な補助があり、その方法は自治体によって独自に決められている。
令和6年4月1日から予防接種法施行令における公的な補助の対象は、過去にPPV23の接種歴がない場合で、以下に該当する場合となっている。
① 65歳になった高齢者、
② 60歳から64歳以上で、心臓もしくは呼吸器の機能またはヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能に障害を有する者
莢膜多糖体ワクチンPPV23の副反応
PPV23は、高齢者およびリスク者に対して1回0.5mlを皮下または筋肉内注射する。一般に多いのは注射部位の腫脹、疼痛。通常、処置無しで自然に消失する。比較的頻度が高い重篤な副反応として、注射部位の蜂巣炎が報告されている。全身性のものとして、発熱(ときに高熱)、倦怠感、白血球増加、CRPの上昇がある。これらは通常1~2日で消失。過去5年以内に接種を受けている場合には、接種部位の局所反応の程度や副反応の出現頻度が高いとされ、注意が必要とされている。
結合型ワクチンPCV20の副反応
PPV20は、1回0.5mlを筋肉内注射する。一般に多いのは注射部位の腫脹、疼痛。通常、処置無しで自然に消失する。免疫応答が強いことから痛みを含む局所の副反応や全身性の副反応が強いことが懸念されているが、現時点で問題となる副反応は報告されていない。
肺炎球菌ワクチンはインフルエンザワクチンと併用した場合にその効果が高くなるとの成績が海外から報告されている。前述の日本での肺炎球菌ワクチンの効果を認めた報告でも対象者にはインフルエンザワクチンが接種されている。両ワクチンの併用は肺炎予防に有効と考えられる。
予防接種法施行令では、令和2年10月1日から「異なる種類のワクチンを接種する際の接種間隔のルール」は変更され、不活化ワクチンの場合、前のワクチン接種からの間隔にかかわらず、次のワクチンの接種を受けることができます。肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンは不活化ワクチンであり、同時に接種することは可能。ただし、2つのワクチンを混ぜて、同じ注射器で接種することは出来ない。必ずそれぞれの別の部位で添付文書に従った接種が必要。インフルエンザワクチンの毎年の接種時に肺炎球菌ワクチンの接種状況の確認と未接種者への接種の勧奨が、接種率向上に有効と考えられる。日本臨床内科医会の調査で、PCV13をインフルエンザワクチンと同日あるいは14日以内の同時期に接種した場合にも副反応の頻度や程度には問題はみられなかったことが報告されている9)、10)。新型コロナワクチンとの同時接種も医師の判断により可能となっている。
肺炎球菌ワクチンによって誘導されたOPA力価(IgGによるオプソニン効果の指標)は、経年的に低下していく。従って、肺炎球菌ワクチンの効果は経年的に減弱していくことが想定され、再接種が必要になると考えられる。現時点で両ワクチンともに再接種での有効性に関するエビデンスは得られていない。しかし、免疫学的な見地からは再接種による免疫の誘導は肺炎球菌感染症の予防に有益であると考えられる。
PPV23の再接種は、5年以上経て接種することが進められている。これは5年以内での再接種での強い副反応のリスクを避けるためである。日本におけるPPV23再接種では、2回目の接種による免疫応答は1回目とほぼ同等であったと報告されている。副反応の頻度および程度は1回目と差はみられていない。
PCV20を再接種に使用する場合は、1年以上の経過で接種することが推奨されている。初回より強力な免疫応答が得られることが報告されている。海外の成績では、PCV13の接種後にPCV13を再接種した場合、PPV23の接種後にPPV23を再接種した場合に比較して、多くの血清型で、より強力な免疫応答が得られることが報告されている11)。
米国のAdvisory Committee on Immunization Practices (ACIP)は、2023年よりPCV20の接種に関して、Shared clinical decision makingという考え方を導入しており、PPV23やPCV13を既に接種している65歳以上の高齢者にPCV20接種することが推奨されている。
人生100年時代と言われる日本では、今後、肺炎球菌ワクチンの再接種が重要な課題となる。再接種は現時点では全て任意接種であり、公的な補助は制度化されていない。どのような間隔で、どのワクチンを接種することが有用であるか今後の検討が必要とされている。